ジグソーパズルで思うこと

こんにちは。

我が家にはジグソーパズルが沢山ある。

だが最近私が作ったものではない。

子どもたちがまだ小さい時に一時期ジグソーパズルにハマり、少ないピースのものから始まって、1000ピースのものもいくつか作り上げてしまった。
せっかく完成させたので壁に飾ろう、ということで、子供たちがまだ家にいるころはあちこちの壁に飾っていたものだ。

子どもたちが家を離れて数年たつが、私たち夫婦二人生活に合わせて子供たちの荷物を整理しているうちにこれらのジグソーパズルは外されてクローゼットに片付けられた。
今はいくつかが玄関フロアや元子供部屋に残っているだけである。
    
道半ばで諦めてしまったジグソーパズルもあるが、私は完成させるつもりはない。というか今はそんな時間がない。余裕もない。

そう考えるとジグソーパズルに子供と一緒にハマっていたころはどれだけ時間と心の余裕があったのだろうか。
今は余裕がない。何が違うのだろう。

世の中の情報の溢れ具合、変化の速さ、流行の短命さ、そしてそれに翻弄されてついていくのに精一杯になっている自分自身というのも一因か。
子供に向き合っているときは子供の時間の進み方に合わせていたということもあるのだろうか。

今は自分に向き合って自分のしたいことをすることができる。
少なくともそれはジグソーパズルではない。