奨学金について

こんにちは。

ウチは上の子がすでに社会人になっており、下の子がこの4月に社会人になる。
ようやく本当の意味で子供たちが巣立っていくことになる
これまでたくさんの教育費が必要だった。

使えるものは使いつくしたつもりだ。
学資保険、貸与奨学金、教育ローン。
学資保険は子供たちが生まれたときからの積み立てなので満期になってたまったものを使って終わりだが、貸与奨学金や教育ローンは当然返し続けなければならない。

教育ローンは私の名義で銀行から借りたものなので私が返済していくのだが、奨学金は子供たちが自分で借りたことになるため自分たちで返済していく種類のものである。
だからこの不況で返済できずに困っている若者が急増して社会問題になっているのだが、ウチの場合は子供たちに負担させる気はないのですべて返済が終わるまではこちらで負担してあげるつもりである。

私自身が親からそうしてもらっていたこともあるのだが、私としてはこの奨学金をすべて払い終わるまでが親の義務だと自分で勝手に思っている。そうしてやりたいという気持ちより、そうしなければならないと思っている。
新生活を始めたばかりの若者に最初から借金を背負わせることは間違っていると私は思うからだ。

ただでさえこれから苦労がいくつも立ちはだかってくることがわかっているのに、最初から経済的なハンデを背負わせることは制度としてもおかしいと思う。
幸い、ウチに関しては子供たちにそのサポートをしてあげることが今のところできそうなので、彼らに無用な負担はかかることのないようにこれからもサポートし続けていくつもりである。

新しい篠笛を買おうかな

こんにちは。

 

私は最近少し考えていることがある。

それは「新しく篠笛を買うこと」だ。

 

思えば2018年の年末に初めてのレッスンを受けてから丸4年が過ぎた。

 

先生はお知り合いの工房で作られる、プロの方も使われる、私にとっては正直高額な笛も紹介して下さったのだが、私はアマゾンで初心者向けの安価な物を購入し、今もそれを使っている。

 

本当にちゃんと楽器を習得しようと思えば安価な楽器ではなく本物の良質な楽器を最初から使うべきという話はよく聞く。それは知っていたし、納得もできるのだが、正直いつまで続くかもわからない未知の楽器に何万円も出す余裕はウチにはない。出せても何千円単位までだと思っているし、今もそう思っている。

 

だが、コロナ禍で教室にも行くことができなくなったがオンラインという手を使って個人レッスンに切り替えて、気が付けば4年が過ぎた。そして今も楽しんでいる。

こういうものは趣味のものなので今の先生に指示することは仮になくなったとしても、演奏自体は辞めることはないと思うのでこれからもずっと楽しんで続けるだろう。

 

そして最初に教室に通い始める時に先生に「満足できるほどの演奏ができるようになったら自分へのご褒美に買うことにします」と話していた。

4年経った今、先生の評価は辛いかもしれないが、人が聴いてどう思うかはわからないが、自分では満足できるほどの演奏ができる曲がいくつかある。

段階的にはもう自分へのご褒美として本物の笛を買ってあげても良いと思っている。

あとはタイミングかな。

 

そうだな、4月から息子が就職し社会人デビューなので、私も新生活として無理やりこじつけて新しく篠笛を先生に紹介してもらって買おうかな。

 

「のびしろ」っていい言葉だ

こんにちは。

 

私の好きな言葉の一つは「のびしろ」である。

私は基本的に「人間、やってできないことはない。」と思っている。

相当努力が必要だったり条件が整わなければ難しいことは非常に多いが、できないわけではないと考えている。

そういう意味では人間誰でも死ぬまで「のびしろ」は持ち合わせていると思っている。

 

どれだけやっても終わりがないととらえればネガティブ思考だが、逆にどこまででも成長させることができると捉えてポジティブに生きようと常日頃から思っている。

 

例えば楽器の練習でも、今が一番下手なので、練習することによって今より上手くなることはあっても下手になることはない。過去に戻ることでもなければ今より上手くなるしかないのだ。

どこまで上手くなるかはそれぞれだろうが、やればやるほど上達するだろうし、そう考えるとCreepy Nutsの歌にもあるように「のびしろしか無い」のだ。

 

何てポジティブで、何と良い言葉なんだろうか。ネガティブさが全くない。

 

ただ、練習すればするほど上手くなることはわかっていても、練習など実行するペースや気分は人それぞれ環境や気持ちによっても異なると思うので、皆それぞれマイペースでいいと思う。

これは私自身へのある意味言い訳にもなっているのだが、そんなに根を詰めて楽器の練習をする気にもなかなかなれないし、かといって楽器が嫌いなわけではない。

気が向いたときに気が向いただけ練習して、「あ、この前できなかったのにできるようになった。」と感じることを繰り返して、いつの間にか様々な楽曲を演奏できるようになればそれでいいかなと思っている。

 

お笑いネタ番組が好きだ

こんにちは。

 

私はこれまでブログに松本人志さんのファンであることを記してきたが、M-1などのお笑いネタ番組も録画して観ることが多い。

劇場まで足を運ぶほどではないが、純粋にテレビを観て大笑いすることによって日々のストレスを発散させているのだと思っている。

 

先日3月4日はR-1グランプリとそれに続けてENGEIグランドスラムが放送されたがどちらも録画して観た。

 

やはりお笑いっていいなあ。素直に面白いと思って心の底から大笑いし、涙を流してヒーヒー言いながら奥さんと「面白いなあ!」と言い合える。日常の楽しみの一つだ。

 

平日は早朝から家を出て、日中仕事で常に脳みそをフルに使って、残業して帰りの電車で疲れて眠くてつり革を持ちながら膝がガクンとなったりスマホを落としそうになったりしながらようやく家に帰りつき、夕食を食べながら新たな難しい情報を耳に入れることなくあえてこういうお笑い番組の録画したものを流して純粋に面白いと感じたものに反応して大笑いする。

残業して帰宅するのでお笑い番組を観ながらとはいえ夕食も手っ取り早く済ませて入浴後すぐに就寝するのだが、このお笑い番組を観て疲れを笑いで吹き飛ばす行為が結構効き目があると自分では思っている。

 

ガン患者に吉本新喜劇を観てもらうと症状が緩和したというニュースも以前見た記憶がある。どこまで本当か、どこまで効き目があるのかわからないが、病は気からと言うように、笑って気分をスッキリさせることは体に悪いはずがない。

これからもこの日常は続けるつもりだ。

 

「言葉との出会いはセレンディピティである」

こんにちは。

 

2月26日にブログで記した脳科学者の茂木健一郎氏の著書「「書く」習慣で脳は本気になる (廣済堂新書)」からもう一つ。

「言葉との出会いはセレンディピティである」という部分も私の心に引っ掛かった。

 

セレンディピティと言えば私の頭に真っ先に思いつくのは子供のころにテレビで観ていたアニメ「ピュア島の仲間たち」に出てくるピンクの海竜の名前なのだが、この言葉の意味は「予期せぬ幸福を偶然手に入れる力」とのこと。日々の努力や行動をベースとしたうえで突然幸福が訪れるということ。

ものすごく共感できると素直に感じた。

 

私は日々自分の考えや思ったこと、過去の思い出などをこうやってブログに記し、言葉を使って表現して整理している。

それによってすべてを結論付けてはいないがネガティブな方向ではなくポジティブな方向に向くよう、表現している。

このブログを始めるまでは日記や備忘録のレベルのものは自分のスマホに残していたが他人には見せていなかった。

だがこうやって匿名でもブログにして他の人にも見てもらえるようにすることによってこれまで感じたことが無い充実感を得ることができている。

 

今となってはこのブログを続けている理由は「楽しいから」、ただそれだけ。純粋に楽しい。幸福感、これこそ今の私にとっては「言葉との出会いはセレンディピティである」ということができると感じている。

 

こんなつたない文章力で物書きになるつもりは毛頭ない。自己満足で十分だ。幸福感を感じることができている、それだけで十分。

 

花粉症がヤバい

こんにちは。

 

またスギ花粉の季節がやってきた。

 

私はこれまでブログにも記した通りアレルギー性鼻炎持ちである。だから常にアレグラを処方してもらっている。

血液検査では様々なアレルギー因子に反応を示しており、当然スギ花粉も一応アウトだ。

だがここ何年かは最も反応が強くてつらいのはヒノキ花粉のほうで、スギ花粉はそんなにしんどくはなかった。

 

しかし今年はどうも様子が違う。今の季節からヤバいくらいしんどい。

何故だろうか。下痢が続いているということで体が本調子ではないからか、それとも疲れか。はたまた50歳になって体質に変化が出てきたのか。

これまでスギ花粉の季節になると「昨年の○○倍」というように毎年花粉が多いという報道がされてきているように思うが、大したことはなかった。

それよりもヒノキ花粉のほうが私には大変だった。

 

私は一応通年性のアレルギー性鼻炎持ちなのでかかりつけ医には常にコレステロールの薬と一緒にアレグラを処方してもらっているのだがそれだけでは全く聞かない日が最近続いた。おかしい。ここ最近はヒノキの季節にしかここまでの症状にならなかったのに。

 

鼻づまり、鼻水、くしゃみ、目のかゆみ。症状オンパレードだった。

会社では鼻にティッシュを突っ込んで仕事をするわけにもいかないのでアレグラ以外に即効性のある市販の鼻炎薬も先日服用してみた。

すると思った通り、眠気がものすごい。コーヒーとかでは抑えられない。耐えるのに必死だった。喉の渇きもすごかった。こうなるのがわかっているから眠気が起きず、かつ効き目もあるアレグラを常に処方してもらっているのだ。

肝心の鼻の症状は効くことは効く。鼻水、くしゃみは緩和された。鼻づまりはほんの少しだけましになったくらいでしんどい。

 

今でこのくらいならこれからどうすればよいのか。ヒノキの季節には逆にマシになるのだろうか。少しだけそれを期待しよう。

 

我が家の桜のつぼみがかわいい

こんにちは。

 

これまでブログに記してきたが、ウチには広くはないが庭があり桜の木も植えている。毎年サクランボの実を鳥と奪い合いをするのだが、最近春の陽気が感じられるようになりこの桜の木にもたくさんのつぼみが出てきて癒されている。

 

花粉症対策をしながら表に出て撮影したのがこの写真。

我が家の桜のつぼみ

このようなかわいらしいつぼみがたくさん出てきている。

毎年テレビや報道でサクラの開花予想がされる時期にはウチの桜は散って葉桜になっている。そして散った後の花の部分はサクランボが実る。今年もまたたくさん実るかなあ。楽しみではあるが、さあ、どうやって鳥に食べられないように対策しようか。

あまり手間がかからないようにしたいが、あえて鳥に食べさせてあげてもいいかな。

今のところ迷っている。

 

あと少し気を付けなければならないのが毛虫の存在だ。

今のところ毛虫はまだ出てきていないが、1匹見つかると大体そのあとは大量発生しているパターンが多い。

そうなると下手に近寄ると毛に触れて刺された症状になってしまうのでやむを得ずフマキラースプレーを噴射しまくる。すると毛虫があちこちでボトボト地面に落ちる音がする。

そうやって毛虫を除去してからでなければ実を収穫することもできないし、そのあとに伸びすぎた枝を切り払うこともできない。

うっかり肌に触れると強烈な痒みと痛みに襲われ、すぐに薬を塗って様子を見るしかなくなる。過去何度もそういう目にあった。

 

いずれにせよ、この桜をめぐる一連の動きは我が家で自然を感じることができる、楽しい癒しの時間になることは間違いない。